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2009年3月30日 (月)

静岡県司法書士会調停センター「ふらっと」研修会②

 さて、センター長の私の役割は・・・挨拶です(笑)。

 今回は、概ね次のような内容のお話をさせていただきました。

1.静岡県司法書士会相談センターには、毎日、県民から極めて多くの法律相談が寄せられており、完全に認知されている。

2.そして、その多種多様な法律トラブルについて、センター登録司法書士が、日々、解決に向けて尽力している。

3.一方、寄せられる事案の多様性は増しており、相談者の期待に、既存の手続では応えられないのではないか・・・という事案も多くなっている。

4.このADRという手続は、多様化している法律トラブルに対する、有効な解決手段となる可能性を大きく持っている。

 とここまでは、誰でも?言える内容であります。

 私が個人的に言いたかったのは、その後の次のような趣旨の内容であります。全青司会長時代に、事業報告書に記載した内容と同じですので、富山全国大会の資料もご参照いただければ幸いです。

1.司法書士は、特別研修により、いわゆる要件事実という言語による紛争解決手段「訴訟」手続に、完全に踏み込むことになった。

2.他方、その要件事実による訴訟手続の代替的なものとして生まれた、ADRという紛争解決手段についても、ほぼ同時に学習し、実践していくことになる。

3.また(この部分は今付け加えています)、先輩司法書士によって培われてきた本人訴訟支援の精神、依頼人との二人三脚による訴訟形態も脈々と生き続けている。

4.これらがミックスされることによる、化学反応に大きな期待を寄せている。

5.その化学反応こそ、これが「司法書士訴訟」とも言うべき、依頼人の満足度が極めて高い、新しい紛争解決手法のスタイルを生み出す機会だと考えているからである・・・・

 抽象的かもしれませんが、ずーっと考えていることです。そして、それは半ば確信に至っています。ただ、これをどう形にしていくべきか・・・逡巡しています(汗)。しかし、結局のところ、熱意と進取の精神によって乗り越えていかなければならない・・・・と思っています。

 

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コメント

わたしもこの「化学反応」こそ、日本の現代のADRに欠けているもののような気がします。

1920年の穂積重遠の論文では、調停と簡易な裁判はセットであるべきとしています。しかも彼は、帝大セツルメントの活動という具体的な場面でも実践していきます。

米国のコミュニティ調停もビジネス以前の運動ですし、そこからしか始まらないと思っています。

わたし自身も確信しています。そのためには、息の長い闘いが必要だと思っています。

投稿: | 2009年4月 1日 (水) 09時13分

入江先生。ご丁寧なコメント恐縮です。はい。ふらっとも息の長い活動をしていく所存ですので(汗)、末永くお付き合いいただければ幸いです。

投稿: 小澤吉徳 | 2009年4月 1日 (水) 14時40分

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